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世界初の義手の元看護師伊藤真波さん

あきらめない心

北京およびロンドンパラリンピックの100m平泳ぎ入賞、そして世界初の義手の看護師として活躍され、現在はママとして育児に大忙しの伊藤真波さんが福井中央公民館の公開講座で「あきらめない心」の題で講演をされました。

 

 キラキラとした笑顔がとても印象的、講演中は、常に笑顔をたやさない彼女、この笑顔がつらいことも、苦しいことも乗り越えてこられたんだなあ?笑顔が素敵なひとです。

 

 

講演中の伊藤さん
講演中の伊藤さん

片腕なくしても夢はかなえられる

 20歳の冬、母の反対を押し切って免許を取った中型バイクで看護学校に通う途中、トラックと衝突し事故に遭います。

一命は取り留めたものの右腕は複雑骨折し、切断、顔がぐしゃぐしゃになるほどの凄い事故です。

生々しい出来事、「お母さん助けて」と叫ぶ自分がいた。

看護師になるという夢を諦めかけ絶望の淵に立たされた伊藤さんに、もう一度やり直す決心をさせたのは、リハビリのために関西の病院に入院した際に足のない人や半身不随の人が逞しくバスケットボールをする姿でした。一歩踏み出す勇気が持てた。

 

 

世界に一つしかない義手をつけて演奏
世界に一つしかない義手をつけて演奏

あきらめなければかなえられる

「自分で起き上がって這い上がれる人間になりたい。嫌なこと、辛いことがあってももう言い訳しない」と心に決めた。子供の頃習い事で嫌いだった水泳、自分をさらけ出すしかないと、腕がないことを意識せざるを得ない水泳を始めます。

22歳の春、北京パラリンピックに出場し、100メートル平泳ぎで見事4位に入賞。

4年後のロンドンでも入賞。

 

私にも、右腕を機械に挟まれ切断されたおばさんがいます。おばさんの生きざまとダブり目頭が熱くなりました。

 

 この話を聞くまでは、障害者の乗り越えてこられた気持ちなど考えても見ませんでした。ただ大変だと思っていただけでした。

 

講演の終わりは感動もの、どんな時もそばで支えてくれた母を喜ばせたいという思いで、母の好きなバイオリンを再開。特注の義手を付けて披露してくれました。

 

「無理に決まっていると諦めず、前向きに生きることで必ず道は開ける」と確信し、夢を実現してきた伊藤さんには、観衆の涙と拍手が鳴り止みませんでした。

 

 健常者の私71歳は、まだまだへこたれず、社会に貢献できることを一つずつやっていかなければいけないという気持ちにさせてくれました。